2018.07.09-12 マツヤマ・デザイン 東北 研修【キタザワのレポート】


研修とは…人生における気づきや学び、
仕事に応用できる気づきや学びを得る事

こんにちは マツヤマ・デザインのキタザワ(左のオレンジ)です。
今年はマツヤマ・デザインの夏の研修に参加させていただきました。

初めての福島と山形。ひと夏の冒険。
日本国内、行ったことのない場所のほうが圧倒的に多い私にはとても新鮮なものでした。

力強い夏の青空と新緑、広がる平野と奥に見える山の連なり。知らない土地に行くこと。足を運ぶことで、何かを得ようという心が、より大きく広がる気がしました。

「遠くに行くと、日本が小さくなっていくよね」ゼキさんの言葉です。

そうだと思いました。私の出身は静岡県ですが、関東で暮らしていた時の気持ちに近いような感覚。

「どうせ静岡県の田舎に住んでいるからできない。」という考えが「行きたいところには行こうと思えばいけるんだ」に変わる感じ。

往復で1411.9km走りました。自分達の運転する車で遠くまで行くという経験はより自分を身軽にしてくれたような気がします。

浜松に来て、数年ぶりに「運転する生活」をしている私ですが、今回の研修では「高速道路をデリカで運転」という足が震えるミッションもありました。周りに合わせるという柔軟な対応や考え方に繋がる「勉強」になりました。

夏の遊べる回数は、どんどん少なくなっていく、体も動かなくなっていく。

やりたいことに積極的になれていないことは日々感じる中、
研修に行くということで「実行すること」へのヒントが見えた気がします。

可愛い名前からは想像がつかない、黄金のトラのような ブラックバス界の猛者、スモールマウスバスを狙いに来た桧原湖では太陽の光が天の川のごとく煌いておりました。

初めてのルアー釣り、エサ釣りの経験。釣りの間、ルアー釣りが趣味だと言っていた同級生のことが頭に浮かびました。

学生時代の私は、釣りというものが、こんなにも心臓が波打つもので、
泉の奥底から湧き出る水のようにエネルギーがあふれるようなものだとは知らなかったのです。

「命がけ」を意識すると自分の野性的な部分が見えてくるような気がします。

『「絶対釣るという気持ち」を持つことが大事だ。素敵なことだし人生も変わる。』と研修前にマツヤマさんが言っていました。

一瞬の何かに全力を注ぐことで萎びていた退屈な日々も太陽を浴びる花のように、人知れず咲き誇るのかもしれません。

釣りは「魚に合わせる」ものです。この魚はこのエサが好きかな、と考えたり、噛みついたタイミングに合わせてひっぱるということ。

仕事でも同じで、相手がどう思うか常に考えないといけませんし、タイミングも相手に合わせないと、自分一人ではできません。また、誰も正解を教えてくれる訳ではありません。見つけ出さないといけない。

思い通りにならない分、うまくいった時の素敵さが、洞窟の奥に眠る宝を発見できた時のように大きいのかもしれません。

自分一人だったらやらなかったこと。
「個人商店に入る事」

地元の方との会話でよりその街の空気を知ることができる気がします。

安くておいしい、地元民向けのいいお店の見つけ方についても教えていただきました。ただ見るのではなく観察すること、「観る」こと、考える事で、内面が見えるということ。

本質を捉えた仕事をすることに繋がる考え方だと思います。

3泊4日、テントで過ごすのかと思いきや、途中でペンションのようなホテルに変更!というサプライズ

余裕だと思っていた3泊4日ですが、なかなか釣れない1日1日に疲労していき、どんどん周りを見る余裕がなくなってしまいました。いつ何時も周りを見ていたマツヤマさん。さすがです。

今後の課題として、観察すること、観ていくこと、吸収すること。器を広げていくこと。があがりました。

観ることと言われた際、写真のことがぱっと頭に浮かびました。同じ場所で撮った人と自分の写真が全然違うのは、観ている場所の違いだと思います。

より良いものを誰かに伝えられるように、観ることができるようになりたいと感じました。

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できごとを写真で紹介します。


おいしいももを買ってもらいました。試食もできました。


もも販売所の隣でいきいきと水浴びしているトマト


景観を考慮した建物が並びます。


桧原湖すぐのキャンプ場。足湯もあります。


標高を考えると涼しいのでは?という気持ちで向かった桧原湖でしたが、夏の暑さがじわっと感じられました


光の中に虫が舞う…釣り師にはうれしい光景です


トンボだらけでした。気が付くと頭や釣竿の先にトンボが止まっています。ペットのようにかわいいです。


地元のいいお店探し。路地裏まで歩いてお店を探します。


釣りの朝は早いです。


山形 置賜白川でフライチャレンジ
「テクニッキ―な川だね」と松山さん


山形で広河原を発見!

研修に参加させていただきありがとうございました。

以上キタザワのレポートでした。

金杉の明ヶ島キャンプ研修レポート

2018年5月25日-26日、マツヤマデザイン(以下MD)は明ヶ島キャンプ場へ研修という名のキャンプへ行ってきました。
今回のメンバーはMDスタッフの松山さん、マサさん、高野さん、大庭さん、北澤さんと私、そしていつも同行してくださるカメラマンのゼキさん、私が入社する前にMDメンバーだったという佐藤瞳さんと、インターンの土井さんの9名です。

私は明ヶ島キャンプ場でのキャンプは二度目。今回も色々な発見や出来事があったので、レポートしていこうと思います。

まずはざっくりと研修のスケジュールを以下に。
【1日目】
9:00 会社集合組、出発
9:45 食材等買い出し、キャンプ場へ出発
11:00 キャンプ場着、タープ立てたり、テント立てたり…
13:00 お昼ごはん(お手軽な冷凍チャーハンとレトルト麻婆豆腐です!)
15:00 フライのキャスティング練習
16:00 夜ごはん(すき焼きです!)
18:00 松山さんの妖怪講義
20:00 妖怪講義の実習(!?)
21:00 講義終了、宴会、就寝。
【二日目】
7:00 起床
7:30 朝ごはん(冷え冷えソーメンです!)
9:00テント片付け
10:00アマゴの放流
13:00現地解散

とこんな感じのスケジュールでした。今回の研修のメインイベントはなんといっても松山さんの妖怪講義。いったいどんな内容なのか行く前からドキドキしていましたが、講義後の私は何を考えたのか、それは後ほど説明させてもらうとして、まずはこちらから↓

■二度目のキャンプ

前回、明ケ島-ならここトレイルでのキャンプを経験して、「こうすればいいのか、次回はこうしよう」と思った改善点があったので、今回はそれらをいくつか実践してみました。
たとえば、登山靴は脱いだり履いたりがめんどくさいから、サンダルも持って行こう、とか、寝る時に枕がなくて寝づらかったから、上着やタオルを枕替わりにしよう、とか、あと憧れのマイバーナーを持って来たりとかをしてみました。とても小さいことですが、前回よりも少し成長した自分、以前よりも快適にキャンプができいてる自分に少し満足している私です。

それと、もう一つ改善を試みたのは「挨拶」です。日頃から松山さんには挨拶の大事さを教えられています。特にアウトドア中、野外にいる時などは、大きな声で挨拶をしないといけない、相手に聞こえないのは挨拶ではない、と教わっていましたので、今回はいつもよりちょっと声をはりあげ気味に挨拶をしてみたつもりです。その意識を持って他の方々を観察してみると、なるほど松山さんもマサさんもゼキさんも、とってもハツラツとした大きな声で挨拶しているなぁ、ちゃんと意識してそうしているんだろうなぁ、と改めて関心してしまいました。元気に挨拶されて嫌な気持ちになる人はほぼいないでしょう。私の挨拶も相手に気持ちよく届けばいいなぁ、と思った瞬間でした。次回はもっと率先して大きな声であいさつしたいな、と思います。

キャンプではメンバーの他にも色々な方にもお会います。今回は山田の皆さんとお魚を持ってきてくれるトツカさんにお世話になりました。

話は少しそれますが、 「リベンジする機会を与えてくれる」のがMDの良いところだと思っています。 大人の社会では「アイツはああいう人だからしょうがない」と言って他人の欠点には目をつぶることが大半ですが、MDでは 自分に足りない部分はしっかり教えてくれて、どうやって正していくべきかの改善方法も教えてくれる。こんな会社はなかなか無いと思うのです。足りない部分しっかり教えてくれる、気づきを得て、修正をしようと試みて、少し成長する。この流れを作ってくれるのがMDの良いところだと思っています。成長には痛みも伴いますが、それだけ親身になってくれる方々がいるMDは素敵です。

さて、前回からの改善を行なってみた私ですが、今回新たな気づきというのもありました。

たとえば、キャンプ道具にはたくさん種類があるけれど、共通点もいくつかあるということ。テントやタープ等の布物をたたむときは、まずは四角くなるように折る、そして収納される袋の大きさをイメージしたうえで折りたたむ、だとか、支柱につかうパイプは、中のゴムに負荷がかからないように真ん中から折る、だとか。灯油を使ったランタンなどに火をつける時はポンピングして圧をかけることが必要だ、などなどです。

ランタンの使い方をレクチャーしてくれる松山さん

それから、私はコーヒーミルを忘れてきて、「これじゃあ楽しみにしてたコーヒーが淹れられない!」と絶望していたのですが、ゼキさんが「ミルが無くても手でつぶして、空き瓶でゴリゴリやれば挽けるよ」と教えてくださり、実践してみたら良い感じに豆が砕けて、美味しいコーヒーを飲むことができた、というエピソードも。

私なんかだと、一つ道具を忘れたら「ああもうダメだ!予定通りにいかない!」とすぐに絶望してしまいますが、アウトドアに慣れ親しんでいる人たちは、「どうやったら上手くいくのか、何か方法はないか」という所まで考えを巡らせられるのだなぁ。自然の中に身をおいて、便利すぎる世界から一歩離れると、そういった発想が必要になるし、その発想は仕事や日々の生活をする上でもとても重要であるなぁ、と感じた出来事でした。ゼキさんに感謝です。

 

 

 

■妖怪講義の感想

講義の内容については書きませんが、妖怪の成り立ちについてはとても興味深いものでした。ハッキリと言葉にできないモヤモヤした気持ちを、人はどうにかして表現して、他人と共有したいという欲求があるのでしょう。みんなが潜在的に持っているモヤモヤをくみ取って表現してやることがデザインの使命であると感じました。その核となる目的がハッキリしていれば、アウトプットとしての表現方法は何でもいいのかもしれません。「妖怪」のように言葉で名前を与えれば、はっきりとした拘束力を持ってイメージを確定することができるだろうし、歌や写真のように、答えはハッキリ言葉では伝えなくとも共感を得ることもできるでしょう。私はどのような手法でモヤモヤを形にしていけるのか、今後色々と挑戦してみたいな、と思いました。
ちょっと講義の本筋からはそれますが、妖怪が妖怪として確立するまでの成り立ちは、まさに現代のオタク文化と同じだな、と思いました。粗削りな元ネタがあって、それに興味を持った熱意のあるクリエイター(いわゆるオタク)が二次創作をして、いわば同人誌的なものがアングラな世界で流行り、「俺はこう描く、私はこうする」みたいな感じで大勢が盛り上がって、知らないうちに一般的なものになっていく。インターネットなんてない時代から、日本人は同じようなことしてるんだなぁと思うと、オタク文化は実に頼もしいものに感じられてなりません。

■妖怪講義の実習の感想

(実技内容は社外秘のため、詳細はお伝えできないのが残念ですが…)結局のところ、妖怪は人間の恐怖心をうつす鏡のようなものなんだろうなぁと思います。心を落ち着かせていれば漠然とした不安は消える。この実習を通して、思いがけず「studey to be quiet」の教えについても触れたような気がしました。
この実習の時間にもう一つ思ったことは、「月明かりがどれだけ美しいか、心のよりどころになるか」ということです。暗い森の中で月明りと星空を見ると、とても安心できました。やはり人にとっては光は必要不可欠で、心のよりどころになるものなのですね。これだけ電気の明かりに囲まれた日常生活ではなかなか感じにくい感覚でした。


実習後にみんなで囲んだ焚火も、とても思い出にのこる素敵な時間でした。その時食べたマシュマロも最高に美味しかったです。

■明ケ島キャンプ場について

文明的なものといったら自販機くらいしか見当たらない、明ケ島キャンプ場はそんなところです。動物の気配も本当に身近に感じられます。今回はテントを張った場所の目と鼻の先の場所にカモシカが現れました。本部の前には鳥の卵が、川には魚やカニもいます。ここで過ごすと遊び方もワイルドになってきます。罠をしかけてカニを捕まえてみよう!(今回は失敗に終わりましたが)とか、ロープを使ってその辺にある崖を降りてみよう!だとか。普段からアウトドアで自然にふれあっている松山さんは、自然の中での遊び方もよくわかっているし、クリエイティブです。遊び方ひとつとっても、このような自然に囲まれた非日常空間では新鮮な気づきがありますね。

 

 

 

崖をスイスイ降りていく松山さん
デッキで自然を満喫するお二人。

また、明ケ島キャンプ場には管理釣り場があり、そこにアマゴを放流しています。勢いよく元気に川の中に消えてゆくお魚たち。私がフライフィッシングのスキルを上げてちゃんと釣れるようになったとき、今回離したアマゴはどれだけ大きくなっているのだろう、私のキャスティングに答えてくれるのだろうか、と未来に思いを馳せる私です。

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と、今回もたくさんの楽しみと気づきと学びをもらったキャンプとなりました。
この気づきを生かして、次回はもっともっと楽しく快適なキャンプができたらいいな、と思います。

一緒にキャンプをしてくれた皆さん、面白い講義を用意してくれた松山さん、いつもキャンプ場でよくしてくれる山田のみなさん、楽しいひとときをありがとうございました。

以上、金杉のレポートでした。

炭焼きの杜キャンプ2018【マツヤマデザイン 研修 キタザワのレポート】

5/25-26 炭焼の杜 明ケ島キャンプ場での研修レポートです。

今年もマツヤマデザイン(以下MD)の5月の研修キャンプが行われました。

MDに入社してから一年経ちました昨年もこの時期にキャンプをしました。夏にも広河原に行ってテント生活をします。

疑問に思っていることがありました。MDでキャンプの研修を行うって、なぜなんだろう?

「デザインをやる上で、キャンプは役に立つんだよ」
「みんなでご飯を食べたり飲んだり話したりするのって楽しいじゃんね」
というようなことを、マツヤマさんはよく言っています。そーだよなぁとわかる部分もあり、わかるようなわからないような、なんだかもやもやとした部分も自分の中にあるのを感じており、それについて今回のキャンプで考えてみようと、個人的な目標をこっそり立てていました。

キャンプをするには準備が必要です。仕事をすこし前倒したり、整理しておいたり、時間を作ってキャンプに行く必要があります。準備も、毎回同じものかというとちょっとずつ違いがあり、何をしたいか、どのテントで寝たいのか?それに必要なものは…と色々と、行く前から考えることが楽しみにつながっていきます。時間の使い方を学べるという点は1つありますね。



マツヤマ講師による、妖怪についての講義が夜に行われました。

科学や神様でもなく、その他のカテゴリに属さない、カテゴライズできない何か…

そこに存在する、何か。それが妖怪

こわいものや恐れているもの、見ないようにしているいやなもの=妖怪を感じることが素敵なものを感じることにつながる。より深みのある考え方ができる。

言い表せないものに言葉や形を与えることがデザインだというお話でした。

どんなに技法を学んでも、本当に大事なものは感じる心であり、同じような写真を撮ろうとしても圧倒的な差がでるのは感じるセンサーの違いだという話もありました。アンテナを色々なところに向ける必要があります。

講義の後に行われた実技では、本能的に自分がやりたいことや欲しいもの、素敵なものがより鮮明になるような気がしました。なんだか死を意識するような体験でした。

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2日目にはキャンプ場の横の川に、魚の放流もしました!元気な魚達、これからすくすくと育っていってほしいです。


魚の模様ってまばらで不思議ですね。

自分は人の心に響く何かを作れているのか?ライフスタイルを考え直すキャンプになりました。

人を感動させるものを作るには、自分も感動できるものを体験していく必要があります。もっと人生の中で、ステキを頭の中に入れたり、感じる生活を送るにはどうしたらいいのか?

人工物だらけの生活から少し離れて自然に囲まれると、理屈抜きの美しさや素晴らしさを感じる事ができます。それとは逆に、気をつけなければいけないこわいものも肌で感じる事ができます。登山のときに遭難しないようにすることとか…想像しやすいですね。

そういった体験からの学びがあることが
キャンプ研修をする理由の一つなんだろうなと感じました。

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↓以下は今回のキャンプの様子です。


なんだかちょっと曇り空のなか集合!
今回はインターンのドイさんも参加しています。

みんなでテントをたてます。
天気も良く暑い位でした。


私とカナスギさんは空中テントで寝ました。
タープ無しだとこんな景色です。木々の中で浮いてるんです!
気持ちいいです。


空中テントで2人で寝ると、より親密になれると思います。
一人で昼間に寝るのにも、いい感じです。


ピラフと麻婆豆腐っていいですね。
ゆったりしたこのメンバーならではのおいしさも感じられます。


すき焼きキャンプは◎です。



フライフィッシングの練習も少しやりました。
川はまだ冷たいです。


カニとりもやってみましたが…今回はかからず。エサは鶏肉です。


ダバダデッキはコーヒーを飲むのにいいらしいです。


たき火で大きなマシュマロを楽しみました。



放流の魚はこんな風に運ばれてきます。

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次のキャンプではより積極的になること、
素敵な瞬間を撮れるようになることをプチ目標にしたいと思いました!

今年も参加させていただきありがとうございます

以上キタザワのレポートでした。

マツヤマ・デザイン妖怪研修 in炭焼の杜 明ヶ島キャンプ場 まさレポート

毎年5月恒例!

会社の垣根を越えて仲間(諸先輩方達)と同じ釜の飯を食べて学べる!

春野のカヤックキャンプ(火祭りもあるよ!)

が、

なんと今年は開催できませんでした・・・

 

皆さん人気物で・・(あの人は大型のイベント開催依頼が・・この人は県外から緊急ヘルプが・・・)

そんなコンナで今年は、例年とは少し違った形での研修キャンプ。
他の諸先輩方グループとの合流は無くマツヤマ・デザインスタッフを中心とした9名での開催となりました。

キャンプ数日前の突然の松山の発表!

「今回は妖怪講義をします。あなたの思う“妖怪とは”をキャンプ前に提出しとくと、より一層楽しめるよ~」
「当日は座学を1時間・実地テストを1時間やるからね~」

との話にみんなドキドキ・ワクワク

妖怪ってこんな感じかな?を思い思いに文書化したり、
当日のテストって何だろうとオドオドしたり。

 

なんでマツヤマ・デザインが【妖怪講義?】

■デザインと関係あるの?

■アウトドアの思想とかかな?

■広告の手法的な話と絡めてくれても面白そう?

■大谷さん(法多山住職)とも友達の松山さんの宗教学ってのも絶対おもしろそう~

 

今回の題材の「妖怪」って言うキーワードから学べそうな事、楽しそうな事、想像するとイロイロと出てきますが、

松山さんの講義って事は
もしかして肝試し的な「びっくり・ドッキリ・ワーキャー イベント」かも?
なんて想像も出てくる・・

マツヤマ・デザイン常駐スタッフだけじゃなく
ゼキさんや、元スタッフの瞳さん、4月の大学卒業後にマツヤマ・デザイン入社を目論んでいる土井ちゃんも
「私の考える妖怪とは」レポートを提出して迎える当日・・

そして夕方の「妖怪講義」スタート。

 

いや~

イイネ!

マツヤマ・デザインの研修面白いよ!(自画自賛)

松山さんスゴイよ~! 良いよ~!(知ってたけど)

みんな来た方が良いよ!(ホントに来られたら困るけど)

 

アレを、その様に定義して、
あちらと並列に見て、
コレを体験する価値をミイダシマスカ・・

 

松山拓也(44歳)の本気。見せて頂きました。

松山さんの考え方の面白さを再確認。パートナーとして隣にいれる事の価値を再確認した研修キャンプでした。

2018.05.25社員研修キャンプ「妖怪の講義」【タカノ】

「妖怪の講義」タカノの研修レポートです。

毎年恒例5月の社員研修キャンプ、
今年はいつもの「秋葉山キャンプ場」から場所を変え、
掛川市の「炭焼の杜 明ヶ島キャンプ場」で研修を行いました。

そして今回のテーマは『妖怪』です。

研修の3日前、松山さんからこんな話がありました。
「今回は妖怪についての講義をします。きっとデザインをする上で役に立つから…。各自、自分の思う妖怪を事前にレポートにして提出してください。ネットや本で調べずに書いてね。」

はてさて、うーん、妖怪についてね~?
河童、天狗、座敷わらし…。何だろうね、妖怪って?
頭の中でグルグル思考を巡らせながら、自分なりに考えをまとめてみました。

これが研修前の「僕が思う妖怪」です。
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妖怪は人の心理を具現化したモノ。

昔の人は恐れや災いなど、またその逆で良い事も、

目に見えない事、見えにくい事を妖怪のせいにして、イメージ、認識の共通化を図った。

また、それを利用して商売や政治を行い人の心理を操るのに使われたのが妖怪。

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そして研修当日。
早めの夕飯を終え6時を過ぎて日が落ちてきた頃、妖怪の講義が始まりました。

はじめに各自が自分の思う妖怪を発表しました。同じ様な意見がでたり、まったく違った捉え方があったり、人によって様々です。その後に松山さんから妖怪についての説明を聞く流れで講義が進んで行きました。

妖怪にはいくつかあって、物語としての妖怪や、躾や戒め、神様と同一視された妖怪。
また、民間伝承としての妖怪や、山の民など人を妖怪と見間違えていた時代だったり、科学的に証明された現象が昔は妖怪の仕業と考えられていたり、キャラクターとして人が作り出した妖怪があったり、「妖怪」って言葉も歴史は意外と浅く江戸時代後期からだそうです。

ひとくくりに妖怪と言っても認識は様々で、自分が最初に思い描いた妖怪像もこのひとつになるって事なんだと分かりました。

「では、なぜ?妖怪が生まれたのでしょうか?」
講義は続きます。

人は、美しい、楽しい、綺麗といったモノが好きです。
そして、そういった景色やモノを見ると感動します。
これは、温度計のメモリ部分で言うところのプラス側です。

反対のメモリ、マイナス側は、
嫌だ、怖い、悲しいなどの感情です。
このマイナス側の理屈や科学で説明できないもの、
ホウキとチリトリで掬いきれないゴミやチリがごちゃ混ぜになった様なもの、
よく分からないものに言葉と絵をつけたのが「妖怪」なんだそうです。

なるほど、

だから妖怪についての認識は様々で、よく分からない恐ろしいもので、
時代とともに変わったり消えてしまったりしたんですね。

「では、なぜ?妖怪とデザイン?」と言う部分です。

松山さんの師匠である塩田先生がおっしゃった言葉を教えてもらいました。
「デザインは、英語でいうと、プラン、コンセプト、理屈を超えた、感覚的なもの」なんだそうです。

たしかにそう考えると妖怪とデザインの関係性が見えてきます。(ガッテン!)

デザインは、温度計のメモリのプラス側にあります。
理屈ではなく、美しい、楽しい、綺麗といった心の部分。
このメモリを大きくするには、メモリの振り幅を大きくしないといけない様です。
マイナス側を見ないと、感じないとダメだという事です。

昔は、美しいと感じる体験や、妖怪のモトになった不思議な体験が身近にありました。
気づきやすい環境にいたからです。それは自然が側にあったからだです。
最近では便利と引き換えに感覚にうったえることが少なくなった様に思えます。
「コスト(時間)をかけないと感じることできない時代になった」と教わりました。


マツヤマ・デザインの研修で、自然が豊かな場所に行くこと、自然の中で体験することに、今回の講義を受けてあらためて納得しました。(ガッテン!)また、そんな所へ毎度毎度行かせてもらっている事にも本当に感謝です。

温度計の振り幅が大きくなる様、今までイヤで見ないようにしていた事、マイナス側のメモリに目を向け、時には怖いもの見たさでもいいから好奇心をもって過ごしていこうと思います。

以上、タカノのレポートでした。

明ケ島 妖怪研修レポート 5月25日~26日【オオバ】

毎年恒例の秋葉山キャンプですが、今年は少し毛色が変わり、炭焼きの杜 明ケ島キャンプ場にて行われることとなりました。昨年に続き2回目の参加となる、オオバのレポートです。
場所が変わった為なのかは分かりませんが、昨年は無かった、研修の「テーマ」を設けたと、ある日突然マツヤマさんから告げられた所から、今回の研修はすでに始まっていたのでした。

そのテーマとは、「妖怪」について。
「私が思う妖怪とは何か」というレポートを、全員が事前に提出し、今回の研修へと挑みました。

私はちょうど、マツヤマさんからお借りした、京極夏彦の「巷説百物語」という本を読んでいる最中でした。

舞台は江戸、登場人物たちが怪異や妖怪にまつわる不可解な事件を解決していく物語。一件妖怪の仕業の様な奇怪な出来事が起きますが、その実は、人間の欲や業による哀しい事件であったりするのです。
この本に大分引っ張られる形になりましたが、私の思う「妖怪」とは以下のように考えました。

『当時の科学では解明できない不思議な現象を説明するために、架空の「生物」や「物語」としてをつくり出されたもの。人に伝わりやすい、後々に語り継いで行ける様、物語りの形式をとったのではないか。目的としては2つあると考え、1つ目は、してはならないこと、注意するべきこと(場所)がある時に、教訓めいて使用される。2つ目は、悲しい出来事があったときに(子どもが行方不明等)、何かのせいにして慰める為ではないだろうか。』

この様にレポートを提出した際のマツヤマさんの反応は、
「いいねぇ~(ニヤリ)」
おそらく想定の範疇だったのでしょう(笑)。
そして、用意されている答えは、もっと違う形のものなのでしょう。
研修の日まで、さらに妖怪ってなんだろうと考えて過ごしましたが、答えらしきものは出ず、当日を迎える事となりました。

研修は朝一から始まるのですが、私は仕事がどうしても片付かず、16時より現地にて合流しました。ちょうどゼキさんがお昼寝をし、他のMDメンバーは川で遊んだりフライをしているところにでした。

今回はインターンのドイさん、そして、昨年まで一緒にお仕事をしてくれていたヒトミさんも一緒です。私を含め9名での研修となります。

 


夕飯のすき焼きを作り食べ、日が傾いてきたところからマツヤマさんの「妖怪講義」が始まりました。

 

事前に提出したレポートを各自読み上げます。
マツヤマさんを除く、8名分のレポートになると、視点や表現もまたそれぞれに変わるものだなと実感します。
私としては、ヒトミさんの人の心を映す「鏡」という表現が美しいと思い、カナスギさんの「一種のカテゴライズ」という考察になるほど!と思わされました。

普段仕事で顔を合わせていても、同一の案件で議論するという機会にはなかなか恵まれません。こうして一つの物ごとに、みんなであれやこれやと意見を言い合い、違う視点を貰えることも、研修の一つの成果であるなと思います。
これからどんなに時代が進み、遠隔勤務などが増えていっても、直接言葉を交わす時間、コミュニケーションは無くしてはいけないと痛感します。

各自のレポート発表後、松山さんからの「答え合せ」がありました。
皆さんにも共有できる様、順を追って書いていきたいと思います。

・まず、妖怪と幽霊は別物です。幽霊は個人が特定できますが(あの辺りには○○さんの幽霊が出る!など)、妖怪は違います。
・そもそも「妖怪」という言葉が出始めたのはいつからでしょう?それは江戸時代の後期からです。
・では、それ以前には「妖怪」は居なかったのでしょうか?いいえ、そんなことは有りません。「何か」が居ました。

その「何か」こそが妖怪の素なのです。

「何か」のルーツは、明治43年に発表された、柳田國男の説話集「遠野物語」にあります。
これは、当時学生であった佐々木 喜善の語った遠野地方の伝承を書き記したもので、特に教訓めいたり落ちがあったりするわけでは無い、事実かどうかの判断もできない、地方の伝承をただ書き記していったものです。

例えば、このような話が有ります。
死助の山には5月の閑古鳥の鳴く頃になるとカッコ花が咲き、遠野の女や子供達はこれを採りに山へ行く。酢に漬けておけば紫色になり、酸漿の実のように吹いて遊ぶこともあり、若い者達の恰好の娯楽となっている。(50話)

山には様々な鳥が生息しているが、最も寂しい声で鳴くのはオット鳥である。夏の夜中に大槌町の方からやって来る駄賃付けの者などが峠を越える際、谷底の方から聞こえてくるという。この泣き声には謂れがあり、かつて長者の娘が親しくしていた男と山へ行った時のこと、気がつくと男の姿を見失ってしまったという。娘は夜になるまで探し続けたが、結局見つける事ができず、終に鳥になり、哀れな泣き声で探し続けているという。(51話)

郭公と時鳥は前世で姉妹であったと伝えられている。ある時、姉が掘った芋を焼き、周りの堅い部分を自分が食べ、真ん中の部分を妹に与えた。すると、妹は姉がおいしい部分を独り占めしているものと考え、憎らしくなり姉を包丁で殺してしまった。姉は鳥になり、方言で堅い部分を意味する「ガンコ、ガンコ」と鳴いて飛び去ってしまった。妹は姉が自分によい部分をくれていたのだと気づくも悔恨にさいなまれ、同じく鳥となって「包丁かけた」と鳴いているのだという。(53話)

この時点では「妖怪」という言葉も、妖怪の名も出ては来ませんが、気味の悪い「何か」の存在感、影を感じることができます。
それは、当時の科学で説明できない、とはいえ神様とも言えない「何か」
何にもカテゴライズできない、残り物。残滓。

それがすなわち後に「妖怪」と呼ばれるものの正体なのです。

そして、その後江戸時代に登場したのが『画図百鬼夜行』で有名な鳥山石燕。ついに「妖怪」が名前と姿をもって現れます。
そして、近年では皆が知る水木しげるも登場し、妖怪はよりキャラクター的に、もの語りも肉付けされ、広く語られるようになっていきます。

デザインを考案する過程で、マツヤマさんは良く「呪」の話をされます。
夢枕獏の「陰陽師」のなかにも登場する、ある「ものごと」に「呪」をかけることによって、そのものが成り立つという話が有ります。
一番短い呪は「名前」だと言われ、石には「石」という呪が、砂には「砂」という呪がかけられている。人間にももちろん「姓+名」の呪がかかっている。

デザインとは、まだ名前の無い「なんか良いモノ」に名前や色などの「呪」をかけて形にしていくものなのです。

つまり、それは今回の「妖怪」誕生までの過程と、とても近しいものであったのです。

なんだか良いもの・美しいものに「呪」をかけるのが、私たちの仕事(デザイン)なのだとすると、対極にある、なんだか怖いもの・嫌な物に「呪」をかけたのが『妖怪』。

私たちは仕事柄もあり「良いもの・美しいもの・面白いもの」へのアンテナは張っていますが、「怖いもの・気味の悪いもの」には目を伏せ、蓋をしがちです。

しかし、この対極にある2つの感情・感覚は、振り子のように一対のものであるとも考えられます。どちらか一方では成り立たない、光があるから闇がある、闇があるから光を感じるような、つながった一枚の布の上にあるものなのです。

「美しいもの」への感覚を研ぎ澄ませるには、同様に「怖いもの、気味の悪いもの」への感覚も決して無視はできないのです。振り子のふり幅を広げるためには、両方の世界への興味と理解が必要なのです。

電気が無く、今よりも暗闇が多かった時代と違い、近年では、「怖いもの・気味の悪いもの」に触れる機会もぐっと減ってしまっているのだと思います。だからこそ忘れてしまいがちですが、綺麗なものを見たい!と思う感情と同様に、無くしてはならないな、と思いました。

そして、私たちが普段行っているアウトドア活動は、暗闇や危機感に触れる機会が通常の生活よりも多くあると思います。これは「もう一つの感情」のふり幅を増やす貴重な機会にもなっているのかもしれません。

なんと、この「妖怪講義」には、最後に「実習」が設けられていました。
何とも斬新な研修です。実習で使われたのは、マツヤマさん愛用の「御朱印帳」でした。しかし物質的にはただの紙と布です。それが大活躍したのですが詳しい内容は秘密です。

ただの紙に価値をもたらす。これも「呪」だな、「デザイン」だな、と感じた夜でした。

テントに戻ったらゼキさんがこんな写真を撮っていました。

月のの外側に光る輪っか。偶然あらわれた神々しい光景。妖怪講義の日に現れるなんて、何かの予兆かもしれない…と、つい考えてしまいそうなシチュエーションでした。

昨年のカヤックも、とても楽しく有意義な体験でした。今年の研修はまた違った角度から「学んだ」と実感できるものでした。

今年の春から、私はシオダ先生のマーケティング・ソフト研究会に参加させて頂いています。私の力量ではまだ早いのではと思いましたが、マツヤマさんの思う所も感じ取れましたので、お言葉に甘え、お勉強させて頂くことにいたしました。

ちょうど5月末の講義で教わったのが「仮設検証法」というものでした。その中で、
「企画とはプランの事ではないんだよ。プランとは計画の事で、企画とはデザインなんだ。
デザインを実現するための過程がプランなんだ。」
「そして、それは人の心の奥底に眠っているものなんだ。」
「コンピューターや数字、理屈や予測では測れないものなんだ。」
というお話が有りました。

その、コンピュータで測れない、予測のできないものを、机上ではなく実体験させて貰えたのが今回の研修でした。私とっては、言葉でも体験でも学ばせて頂いた、とても貴重でお得な機会となりました。
だからこそ還元していかないと、と思います。

これから、先生のセミナーも佳境に入り、アウトドア的にも外に出やすいシーズンになります。(キャンプは暑いけど。)今回学んだもの、これから学ばせて頂くものを、机の上でも屋外でも今一度かみしめて、より多くのものを吸収したいと思います。そして、仕事の上でアウトプットできるようにしていきたいです。

アウトプット面での実力もまだ足りないと感じますが(だから研修にも遅刻してしまったのですが…)、インプットには「今、この時」がとても大切だと様々な場面で気づかされます。「また後で」ではだめなのです。後や次は無いのです。
貴重な体験をした直後だからこそ、この感覚が残っているうちに、どんどん外に出ていきたいと思います。

ということで、今週末はキャンプ(プライベート)、来週からは「アウトドアの学校」1日目!
楽しんで頑張りたいと思います!

【オオバ】