掛川の城の近くに
カフェを開いた男の物語

 

掛川城がすぐ近くに見える場所に車を停め、のんびり歩いて数分。細い小道を少し入ったところにそのお店はあった。「こんにちは~」と店長の気さくな笑顔にほっとする。

 

「毎週1週間分のホワイトソースを大量に作るからか、腱鞘炎で指が痛くなっちゃって」。手に巻いたテーピングを見つめる男性の、そんな会話から始まった。もう還暦を過ぎたというダンディな男性。シブさはあるけど実年齢より若く見える。このお店をオープンさせて、もう3年になるそうだ。

 

 

[たらこのパスタ]、[キーマカレー]、[カキグラタン]、[豚のしょうが焼きセット]…店内に掲示されているメニュー表を眺めながら、話は自然と料理の話へ。「小さい頃から鍵っ子で、腹が減るから自分で料理するようになった。それを、お袋やおばさんに食わせたとき、おいしいって言ってくれたのが嬉しくて。それで料理が好きになった」。

 

若い頃アルバイトしていたのもイタリアンのお店。仕事内容は調理補助程度だったそうだが、「へぇ~、こういうやり方するんだ!」とシェフの動きを横で見ているのがおもしろくて、見て覚えるスタイルで腕を上げていった。

 

 

「今、1番ワクワクすることは料理」と男性。誰かに教わったレシピじゃなく、自分で考えて手を動かして作るのが料理の醍醐味なのだそう。「料理をひと口食べた瞬間に思わず出る『なにこれ、うまいっ(小声)』を聞くのがたまらない。

 

会計のときに言う『ごちそうさま~、おいしかったです~!』はダメ。あれは、お愛想だからね(笑)」。一番喜びを感じる瞬間は、子どもの頃も今も同じだ。

 

 

料理好きなのは間違いないが、もともと料理人だったわけではない。

 

富士山の裾野に広がるまちで生まれ育ち、23歳で独立したのはカメラマンとしてだった。広告制作会社で働いていた知り合いに頼まれ、独学で商品撮影専門のカメラマンになる。ここでも『見て覚える』スタイルで、実践を重ねながらスキルを上げていった。「カメラだけで十分食べていけたよ」。当時はまだバブルが崩壊する前。撮影料や現像料だけで毎月数百万の売上があったそうだ。

 

 

そんなカメラマンとしてのキャリアを捨て、掛川にやってきたのが15年前。掛川に住む仕事仲間から撮影依頼を受けて、偶然この地に足を踏み入れた。そのとき感じたまちの文化度の高さ、人の魅力に惹かれ、掛川に移り住む。

 

このまちで一番長く暮らしたのが倉真にある平屋の古民家。「ひと目見て気に入って、隣で畑仕事しているおじさんに尋ねたらその人が持ち主で。すぐに借りられることになった。でも、茅葺き屋根の上にトタンをのせたような古い家だから、配線も古くて30A以上上げられないの。だから、エアコンなしで10年以上過ごしたよ。自分で薪割ってストーブつける暮らしもいいかなって」。ストーブの設置も業者に頼まず自分で全部やったそうだ。「人に頼んじゃうとおもしろくないじゃない」。そう笑う姿は少年のようだ。

 

 

休日は、奥さんとよく旅に出かけるそうだ。若い頃はフライフィッシングにハマって、全国、世界各地を釣りで旅したが、もう今は国内では釣り竿を出すことが滅多にないほどやり尽くしてしまったと苦笑する。

 

「なんでもそうだけど、初心者が一番おもしろいのよ。知らないことばっかりだから、いろんなこと知るのが楽しくてしょうがないの。想定外を楽しむのがいい。この年になると経験したことは先が見えておもしろくないから」。だから旅行も細かなスケジュールは決めず、ざっくりと目的地だけ設定して車を走らせる。食べるものも、泊まる場所も、そのとき任せなのが彼のスタイルだ。

 

 

それにしても、仕事仲間が数人いたとはいえ、縁もゆかりもない掛川の地。特に倉真には誰も知り合いがいなかったそうだが、どうやって地域の人たちとの関係を築いていったのだろうか。

 

「倉真に越してきたばかりの頃、家に知り合いのギタリストを呼んでコンサートをやった。そこに近所の人たちを無料で招待して。自分のことを知ってもらうためには、自分から飛び込んでいく方が絶対ラクだと思ったから。外から地方に移り住む人って地域の人に対して『いいです、いいです!』って遠慮する人が多いけど、本当は逆。『ありがとね!』って甘える方が絶対仲良くなれる」。

 

昔から住んでいた人たちも外から引っ越しきた人に対して興味津津。「カメラマンらしいけど、どんな人?」と期待と心配が入り混じっていたようだ。そんなとき、移住者側から心を開いて地域に入っていくことで近所の人たちも安心できる。それに、移住者側が得るものも多い。

 

「大雨が降った日、家の古さを心配して『大丈夫かー?』って様子を見に来てくれた人もいて。気にかけてもらえて実際助かってるし、仲良くなるほうが断然楽しい」。

 

適度なおせっかいは、心地よくて、ありがたいようだ。

 

 

この店を開くことになったのも、縁あって知り合った人との繋がりから。もともとこの場所で飲食店をしていた知人から移転話を聞き、「オレも昔から店やってみたかったんだよね~」と話したことから“カフェのオーナーシェフ”という第二の人生が始まった。

 

『飽き性』と自分を分析する彼だが、店を続けることにはまだ飽きていない。その理由のひとつが、お店に足を運んでくれる常連客たちだ。ギタリストやバイオリニストなど、音楽好きの彼が引き寄せるのか、少し珍しい客が多い。中には世界的に活躍している人もいて、家族ぐるみで仲良くなることもあるそうだ。

 

「この店ができたことで、おもしろい出会いがいっぱいある。今までは会いに行かないといけなかったけど、待ってたら来てくれるからね。普通のお客さんも、あそこに行くとおもしろい人に会えるって言ってたりして。狙ってそうしているわけじゃないけど、ちょっと変わった店だと思われてるみたい(笑)」。

 

 

 

何かに縛られることなく、自分が好きなこと、おもしろいと感じることで人生を楽しんでいる彼と話していると、固定概念に引っ張られ、ちょっとしたチャレンジに足踏みしてきた自分が恥ずかしくなってくる。

 

「人生で一番影響を受けたものは?」の質問に、少し考えて「ロックミュージック」と返ってきた。ロックミュージックにはこれまで聞いたことのない音が溢れていて、『なにやってもいいんだ!』と強く影響されたと語る。自分もなんでも好きなことをやろう!と心がより自由になったそうだ。自由であることは、彼の中での重要なキーワードだ。

 

 

掛川独特の文化も、住んでみてより深く知ることになる。

 

『谷(や)の文化』という言葉も、この地で暮らして初めて耳にしたそうだ。『谷の文化』とは、谷ごとにそれぞれ文化が違うという意味。山間から川が幾筋も流れ出ている掛川山間部には、奥深くまで広がる「谷(や)」と呼ばれる地形があり、古くから掛川の人々は川が作った地形である開けた谷ごとに集落をつくってきた。自治会や学校など独自で集団を形成するため、ルールや風習などが谷ごとで微妙に違うのだ。

 

小さなまちの中に多様な人が混在し、それがまち全体をよりおもしろくさせている。なだらかなひと続きの地形で暮らしていた故郷にはない魅力だったと話す。

 

 

また、「故郷は宿場町だけど、掛川は城下町。この違いも新鮮だった」とも。その違いは「旦那衆がいること」だそうだ。価値があると思うもの、必要だと思うものには、細かいことを言わずにしっかり対価を払う粋な旦那衆たち。時代の移り変わりで随分少なくなったが、このまちにはまだそういう旦那たちが少し残っている。

 

カメラも料理も、「手に職」でスキルをいかして生きてきたタイプの彼にとって、スキルを持っている人を愛する文化が残るこのまちは相性がいいのかもしれない。好きなことで生きている人を支持する人がいるまちは、自由に生きている大人に寛大なまちなのだ。

 

 

それだからか、この店には、宣伝も広告もしないのに人が集まる。
“この店の名前は載せないこと”それがこの取材の時の条件だった。

 

掛川で自由に楽しく暮らし、人生の折り返しを過ぎた人の暮らしがそこにはあった。

 

 

 

 

 


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