
結婚して初めて暮らしたのが掛川でした。
東京での一人暮らしから、ゆったりした時間の流れる静岡での二人での生活へ。都会暮らしは気に入っていたし、田舎に引っ越すことはやや残念ではありましたが、実家が静岡県内ということもあり、新しい土地での生活に不安はありませんでした。
夫の職場に通える範囲で駅にも近い場所、という条件で選んだのが掛川駅近くのマンション。住宅街の中にぽつぽつと茶畑や田んぼが残る落ち着いたエリアです。
駅に近いとはいっても車が一人一台は必要な土地。ゴールドペーパードライバーだった私も車に乗り始め、車で30分ほどの山奥にある温泉〝ならここの湯〟などへ練習も兼ねて運転して行ったものです。おかげで今では三車線道路の車線変更は緊張するけれど、細いくねくね山道の運転はちょっと楽しくなってしまったほど。
掛川は派手な観光地ではありませんが、城下町や宿場の風情を残す古いまち並み、美しい茶畑や里山風景、気軽にハイキングを楽しめる山や温泉、小さくも個性的な美術館などの観光資源が、日常の暮らしの中に点在しています。
この地で暮らし始め、田舎の不便さを嘆くよりもここで楽しいことを見つけようと、面白そうなことがあれば積極的に参加することに決めました。
最初は観光客の気分で各地を訪れるだけでしたが、地域のイベントに参加したり、私も少し仕事を始めたり、と地域の人と関わるようになって知ったのは、「このまちを良くしよう、楽しくしよう」と活動している人がたくさんいるということ。そして、掛川出身ではない私もそんな仲間に自然に受け入れてくれるのです。そんな面白い人々に出会い、巻き込まれ、掛川暮らしはより充実したものとなっていきました。
このまちの住みやすさとしてまずあげられるのは、温暖な気候でしょうか。
冬は〝遠州のからっ風〟という強い北西風が吹きますが、天気予報図を見ると笑ってしまうくらい、この辺りだけを雨雲や寒気が避けていきます。夏は暑過ぎず、冬は寒過ぎず、青空の下快適に過ごせますよ。
日常の買い物に不便はありませんが、ちょっとこだわったものを探すには少々遠出をしなければなりません。県内なら浜松市へ車で40分、静岡市へ1時間。東京なら高速で2時間半、名古屋へは1時間半。でも今はネットショッピングもあるし、特に困ることはありません。
なるべく地元の食材を使いたいので、野菜などは地場産品の販売所などで買うことが多いのですが、基本の食材や調味料は全て掛川産、静岡産で揃えることができるし、海も近いから新鮮な魚も手に入ります。地産地消がごく当たり前に実践できてしまう環境。
最近では、日本の真ん中に位置し、高速道路も新幹線も飛行機も気軽に利用できる交通の便の良さを活かし、「互産互消」というまち同士がお互いにあるもの、ないものを交換して交流、消費するという取り組みがスタートしています。北海道豊頃町や沖縄、京都の京丹後市など、現地でしか買えない食材が手に入り、ちょっとした旅気分も味わっています。
出産、子育ても経験し、掛川生活にすっかり慣れた7年目の春、4人家族になっていた私達は転勤でドイツへ行くことになりました。ちょうど下の子が1歳になったばかりの頃です。
ドイツでの生活は楽しく、もっと長くいたいくらいでしたが、5年の任期を終え、静岡に戻るとわかった時は、迷うことなく掛川を選びました。
5年ぶりの掛川はほとんど変わっておらず、家も以前住んでいた場所の近くを選んだので、帰国後の生活はスムーズにスタートしました。
全校生徒合わせて35人程のドイツの日本人学校から転入した息子は「一クラスに30人以上いる!」「学校が広すぎて迷子になりそう」と最初は驚いていましたが、普段から転出入が多い学校で、児童たちも受け入れに慣れているのでしょう。二人とも1週間もせずに馴染んでしまいました。
ふたたび掛川で暮らし始めて2年。
男の子二人兄弟、マンション暮らしは狭く感じ始めました。転勤族ではありますが、いつかは家を建てるなら掛川がいいな、それなら今このタイミングで…と気持ちが固まり、土地を探し始めることに。
子どもの学区が変わらず、周辺環境や雰囲気も良くわかっている、今のマンションの近くが希望でしたが、このエリアは人気があり、土地も中古住宅もなかなか出ず、出ればあっという間に売れてしまうのだそう。駅から離れれば、予算に収まり希望よりも広い土地もあるので、転校はやむなし、と学区にこだわらず市内のいろいろな土地を見せてもらうことにしました。それでも、なかなか「ここに住みたい!」と思える場所に出会えません。
電話をもらったのは、土地探しの長期戦を覚悟し始めた頃でした。
掛川で土地を探して家を建てた友人から「不動産屋さんだけではなく、地元の工務店さんも土地情報を持っていることがあるよ」とアドバイスをもらい、一度だけ訪問し、希望を伝えておいた工務店経営の小さな不動産屋さん。
「今朝、地主さんから土地を売りたいという話をもらったんだけど、ちょうどお探しのエリアだったからどうかなと思ってね」
そこは今の住まいから徒歩10分、住宅街の一角にある茶畑でした。その一部を売りに出すというのです。その日のうちに不動産屋さんに行き詳しい話を伺うと、午前中に測量したばかりという市場に出る前の物件です。
やや予算オーバーでしたが、日当たりも良く、近くにはまだ緑が多く残り、学校にも通いやすい、かなり理想に近い土地だったので、購入することに決めました。
この土地の情報をいただいたのは土地探しを始めてちょうど2ヶ月目。思いがけず早くよい土地に出会うことができ、急な展開に心の準備が追いつかないこともありましたが、やはりご縁とタイミングなのだと感じた土地探しでした。
住まいを作るにあたり、私たちは建築士さんに設計をお願いしました。希望は多いけれど、予算をあまり取れない私たちにはそれが一番良いと思ったからです。
まだ家作り計画もない、最初に掛川に来た頃から、地元の建築士さんを検討していました。その中で「掛川周辺に住むのならぜひこの方にお願いしたい」と思える建築士さんと出会えていたので、土地探しを始めるのと同時に連絡をとり、土地選定時から相談に乗ってもらいました。
今回の土地を決める際もアドバイスをいただき、契約前に確認した方がよいことを教わったり、購入決定前にどんな敷地の使い方ができるか提案してもらったり、と不安なく進めることができました。
現在は、どんな暮らしをしたいのか、すまいについてのヒアリングが済み、私たちの生活に合わせたプランを考えていただいているところです。
掛川に家を建てると決めた時、掛川が好きだという息子に「掛川のどんなところが好きなの?」とたずねると「川があって、池があって、海があって、山もある。遊ぶ公園もたくさんあるし、図書館やお店も自転車で行けるから楽しい!」
子どもはゲームもやりますが、外遊びが大好きで、放課後は毎日友達と約束をして出かけて行きます。公園で遊ぶことも多いのですが、自転車で近くの小川に向かい、魚やザリガニを捕ったり釣ったり、夏でも冬でも汚れて帰って来ることがよくあります。家族で歩く近くの山ではちょっとした探検気分も味わえます。
掛川に住んでから、生き物と触れ合う機会が増え、自然に対する興味が増し、より命を大切に扱うようになりました。ここに住むことを決め、一番喜んでいるのは子ども達かもしれません。
身近な自然とコンパクトにまとまった生活圏は、子どもがのびのびと過ごすにはちょうどよい環境。これからもこの地で好きなことを伸ばし、自然から地域から学び、成長してほしいと願っています。
きっかけは、積極的に選んだわけではない掛川というまち。
住んでみると、人の魅力と自然、ほどほどの田舎の心地よさに二度目も掛川を選び、ついには家を建てることになりました。
これからの新しい生活、さらに増えるであろう人、モノとの出会いを楽しんでいきたいと思います。